明地
 江戸の町には、至る所に明地(あきち)がありました。町の中にも、川の縁にも、交差点にも、さまざまな明地がありました。基本的な機能は、火除のためでしたが場所によってさまざまな使われ方がされていたようです。

 会所地は、町で囲まれた明地です。江戸の市街は、60間四方の碁盤目状に区画されていていました。ここの屋敷地は、街路に面して20間に一定された奥行をもっているため、中心に20間四方の明地が生まれました。ここが会所地です。ここは、各家から流れ出る下水の最終処分場となり、ゴミ捨て場になるのが普通でした。しかし、その後ここを貫通する道が通されたため、利用価値が増えました。

 広小路を明地とするところもありました。しかし、人の往来が盛んで床店が並べられたり、大道芸人が芸を競う場所でもあったため、本来の目的は影を潜んでしまいました。

 堀や川に沿った河岸端も明地でした。その形状を利用した弓の稽古が行われたり、船から揚げた荷物が置かれていました。しかし、占有することは禁止されていて、たびたび禁令が出されていました。

 火除地は、防火のために特に指定された明地です。会所地や広小路も防火のための場所でしたが、火災を受けた広い範囲の焼跡を火除地にするのが普通でした。

 いずれの明地も江戸の町の一部として都市生活の場を提供してきたことは事実のようです。


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